価値を測る定規

私は好きで薪を使ってお菓子を焼いたり、
石窯でパンを焼いたりしていますが、
とっても不効率で生産性も良くなくて
とても人様にお勧めすることは出来ません。

それに、もしみんなが薪を使いはじめたら
煙の害や火事も増える。
日本の人口が3000万~5000万人だった
江戸末期から明治にかけた頃、
化石燃料に移行する前は木を切り尽くして
日本中が禿げ山だらけだったという話を聞きました。
それが本当なら、今の人口でその当時のように薪や炭を使ったら
あっという間に木はなくなるでしょうね。

先日も味噌作りの投稿をしましたし、
店のまわりで果樹やハーブを育てているので
何でも自分でやってみたい性分なのだと思いますが
本当は「餅は餅屋」だと思っています。
専門の仕事を突き詰める職人さんが大好きで尊敬しています。
専門外な仕事はその道の人に任せたいと思っています。
職人が手塩にかけたものを作って、
消費者がそれに見合った対価を払う。
それで経済が回る事が理想だと思います。

それでも味噌を作ったり、魚を釣ったり、
箱庭に果樹を植えたりハーブや野菜を作ってみるのは
物の価値を見定める目を養いたいと思うからです。

畑でなくてもベランダのプランターでも
なんでもいいから大根一本自分で育ててみたら、
生産者さんの苦労の一片を感じることができます。
自分が大変な思いをして作った大根を
誰かに欲しいと言われたら
いくらだったら譲るかな?と考えてみると
スーパーや八百屋さんの売値が生産者さんにとって
適正かどうかわかると思うんです。
自分で材料を買ってきて寸法測って、
ノコや玄能を使って犬小屋を作ってみたら
その労力が幾らかわかる。
自分がやった場合の完成度と人件費と比べてみて、
対価を払ってやってもらうべきか
自分でやったほうが満足が得られるか判断する。
そういった事を積み重ねて、素材や生産者さん、
職人さんへの敬意や、価値を見定める自分なりの尺度を持ちたい。

高価な道具を買う時も同じで、
たとえば鋳物の鍋は何万円もしますが、
これを誰かに借りたとしたら1回いくら払うかな?
どんな料理に使うかな?
年に何回使うかな?と考えて
自分に今ほんとうに必要かしっかり考えてから買うようにしています。
鞄や服でもみんな同じ。

出来るだけ身の回りの物は少ないほうがいい。
自分に本当に必要なものが見えて、整理でき、
大切に扱い愛でるようになる。

価値観は人それぞれですから、
他の人と同じである必要はないですが
そういった考えを巡らせるなかで、
自らの身の丈を知ることが出来ると僕は思っています。

世の潮流は時代によって
右にも左にも、良いほうにも悪いほうにも
大きく振れるのだと思います。
でもそんなときこそ
過去から学び、価値を見定め
その中庸を導き出すことが
今を生きる自分たちの責任なのだと思います。

この二日間の上京で
田舎と街の空気の違いを感じ、
おいしい食事をいただき、
自分の大好きなお菓子を食べ、
大切で素敵な人に会って語らうなかで
自分がやりたい事、進むべき道、
拠って立つ所を再確認させてもらいました。

自分はとっても非力だけど
たくさんの人に活かされているのだと
心の底から感じ、感謝の気持ちでいっぱいです。